花の中 アンケートより
公演後にいただいたアンケートの中から、御感想の一部を掲載させていただきました。
肢体の美しさ、しなやかさが素晴らしいです。鍛えられているな、と単純に思っちゃいました。心がいやされました。
音も神秘的で、自分まで透明になったような、そんな気持ちになりました。
(みゆさん)
  
木村 由の舞台を見に行くのは、横浜以来,約1年ぶりになので、線で追うと
言うよりは点で追う形になりした。スフィアメックスの合同興業『向こう側』
と『閉じた目』と横浜での舞台『答えのない形而上的呟き』の線で追った見た
場合、初公演からの初期の3舞台と比べるとだんだんと実験指向が高くなって
きたと感じました。舞台上の演じる実験でもありながら見る側も見る、試す実
験でもありました。それは創作者なら誰でも通る時期だと、今回の公演を見て
実感しました。昨年、横浜以降の公演がどういう過程だったのかは、その場に
いなかったので何も言えませんが、少なくとも今回の公演の様な舞台が続くの
なら、知らない初めての人には一見の価値ありと言えるのではないでしょう
か。そのくらい今回の『花の中』はすんなりイメージが出来て入り込みやす
かった。
初めに客席に座ると2人が左右に仰向けに寝ている。2つの照明が1人1人に
あたっている。2人は、紐で吊られたよ
うに上半身、肩が上がり、くねるように体が曲がる。どう見ても、普通には
スッとできない体勢。ここで思った事は、横浜の時、最後に公演した人はかな
りキツイ体勢の動きをずっ〜としていた。かなりの鍛練が必要なはず。それを
最初に感じた瞬間、気がついた事が次にあった。表情。木村 由の顔が死んで
いる?生まれたばかりの表情?今まで見た木村 由の舞台で表情が
あると感じたのは『〜の断片』で花を頭にかぶる時以来。(その時もそうだっ
たのかビデオで確認してないが。)すぐに小林さんの顔に目が言った。幸せそ
うな表情。ここでネガティブとポジティブが存在する。そう受けとめては当た
り前すぎるのかな。でも、そう思った。これは、最終まで続く。照明のためか
2人は『花の中』にいる様に見えて、その中でうごめく生命を表現していると
受け取った。そして、映像。画心を知ってる撮り方。1人、女性が踊っている
時の顔のアップへのカット割り、2人の間に中央左よりに柱を入れた構図。
そして、音楽。今までの木村 由の公演に使われている様な音楽の様で何かが
違う。叩かれている音、ドイツの軍隊の人々の様な声のループ(これはACIDかな。)
これらの音楽は、かっこいいになるでしょう。初めてスタッフの音楽がが木村 由の
世界の中に、こだわりと主張が見えました。言葉悪いけど、なめるなよみたいな。(そ
れ大事なんだけど。)なめるなよじゃないな。自分流のアレンジがまとまって
いると言うのかな。木村 由が立って肩をピクピクさせている所、ちょうど
ループっぽい所。あそこは、まさに木村 由が音楽に動かされていると見えま
した。これまでの舞台は木村 由に音がついてきている感じがしてたけど、今
回は音が先に感じられ、それが『Dance』。今までは『Performance』が目につ
きがちだっただけに、今までとは少し違うジャンルに見えて、僕は賛成!こ
れっ!と思いました。そして、最終に流れた映像。様々な(女の子?バックは
教室?社内?)顔のアップ。これは、これまでの世界を一瞬に現実に引き戻す
瞬間でしょう。在りものだったのか、狙って撮ったのか、ひきました。でもそ
れが、現実に引き戻す生命の誕生だったと受けとめました。でも、これは他の
人から見たら理解しやすいと僕は思うのでOK!です。最後に、初めて見た小林
さん。今までの対等な相棒の様なダンサーや傾倒で動くダンサーと違い、新鮮
でした。まだすぐにはできないと思う木村 由の動きを自分の解釈で動いてる
感で、なんか丸い動き。これが木村 由の演出なのか、彼女がそうしているの
か解りませんが。決して不自然じゃなく、対極に表現出来ていたと思います。
本人に聞いた所、木村 由の舞台は初めてだと言ってましたが、以前は演劇で
もしていたのかな?と思わせる少し踊りと違う演技を感じました。それが良
かったんだけど。今後、木村 由はどの様な方針で彼女を育てるのか楽しみで
す。以上、相変わらず長々と書きましたが舞台に関する思った事です。総評と
しては、当たり前ですが木村 由の公演は学生の延長線上臭いは感じられな
い、歴とした大人の舞台です。
戦略ばっかりでインチキなモノが多く見れる昨今、真実がしっかりし
てたら戦略をもっと使ってもいいと思う。僕は、行くと言う時は絶対行くし。
今後も毎回ではなくても、また絶対見に行きます。木村 由が死ぬまで続ける
つもりなら僕も生きてる限り見に行くし、いつか見ていて涙がぽろりとでて来
る時が来るんじゃないのかな。その時を期待します。
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(Ayumilkyさん)
  
  
映像からダンスへ、ダンスから映像への転換がとても興味深い踊りでした。・・・
いま「踊り」と書きましたが、踊っていたのは「映像の中の」女性の方ではないで
しょうか。
鏡の前で身繕いし、お化粧をして、自分の美しさに酔いしれたように鏡を見て、窓
辺にたたずんで遠くを放心したように眺めたあと、うきうきとした心を表すように、
軽やかにステップを踏む。
恋しい人を待ちわびる・・・・・その幸せな時間の中で、自分自身に見とれる。そ
んな気持ちが表現されていた映像でした。
踊りの方は、この女性の心の中の揺れを現していたように感じました。片方の女性
のゆったりした穏やかな動きは、恋してそのこと自身に感動する自分の心。そしても
う一方の女性の動きは、片方の女性の動きを少しずらして後追いするように見えて、
結構反対の動きになったり、突然痙攣を起こしたように、その動きを止めたり。恋す
る自分に感動しながらも、一方で首をもたげてくる不安を表現していたような気がし
ます。
踊りの最後に現れた映像。二人の踊り手が、白い花の散った木の下で踊っている映
像。「花の命は短くて・・・・・」という言葉が脳裏に浮かびました。
音楽も面白かったですね。特に人の話し声や歌声(?)を使った所。人の心の中の
呟きのように聞こえ、踊りと合わせて、心の揺れを表現したのかなと感じました。
久しぶりの複数のダンサーによる踊り。ソロ以上にいろいろなことを感じさせてく
れる踊りでした。
ただ、どうなのでしょうか。二人の踊り手の動きをもっと交わらせた方が良いので
はないでしょうか。二人の踊り手の踊りが微妙にずれながら反発しあいながらも、踊
る位置は動かず常に平行のままですし、二人の動きの線が交錯することもありません
し、二人の目線が交わる事もありません。
せっかく二人で踊っているのですから、二人の動きが協調したり反発したり、もし
心の揺れを表現する(?)のでしたら、もっと空間が歪むような動きをいれてみる
と、効果があるのではないか、と思いました。
見詰め合って踊るところもあって良いと思いますし、体の動きにも緩急強弱をつけ
てほうが面白いように思いました。
そういえば今回の踊りは、表題とソネットと踊りと映像と、そして音楽とがかなり
からみあって一つの世界を形作っていましたね。そう言う意味で面白い試みでした
が、そのからみあいが、かなり淡白というか、おとなしいというか、そのあたりが
「物足りなさ」と感じた原因かなと思います。
でもやはりデユオはいいですね。表現の幅が広がります。
この「花の中」というシリーズが、今後どう発展するのか楽しみです。
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(コアラさん)
  
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