すきやき2 アンケートより

 公演後にいただいたアンケートの中から、御感想の一部を掲載させていただきました。

腕というものについて考えさせられた。初めはヌメヌメ感のある色気→ギュウウーキューな感じ、この時「腕」がとても難しいことに気付いた。体から(特に今回のワンピースだと肌が思い切り出ているのが腕だったのもあって)伸びている白い腕。その白い腕だけが妙に浮び上がって、別離しているような感じ。でも中心から逆に防具・武器になった。支えにすらなった。
そんなことをボヤボヤ考えてました。
(Nくもさん)

すきやき2久しぶりに観たちゃぶ台はすっかりステージ慣れしていました。初めて観た時は乗られる立場だったのが、乗ってたし(黒い台に)。えらくなったものだ。
ステージ慣れしたちゃぶ台は土台としての安定感があるのか、ダンスも音楽もバラエティーに、1.富んでいた気がします。ナゾの歌謡曲とか。2.飛んでた気がします。ナゾの歌謡曲とか。
P.S.ラストちょっと前ぐらいの由さんの表情が妙に自信たっぷりでした。女でしたね。
(Sさん)

 不思議な感じのする舞台だったと思います。踊り手が終始、狭い円形のちゃぶ台の空間に閉じ込められてもがき苦しんでいるかのように見えました。しかもそれを試練として耐えているような。
 それは一度も丸いちゃぶ台の空間から出ることはなく、ちゃぶ台の縁にそって上まで続く目に見えないバリアがあって、その狭い空間の中でもがくように踊りつづけたことと、修行僧のような赤い衣装、そして髪を上に結い上げたことで、それが釈迦の髪型のようにも見えたことによるのでしょうか。また激しい動きの合間に、時折見せる動き。ちゃぶ台の上に座って、じっと観客席を見据えるような動き。これは空間に閉じ込められている自らの状況をじっと見据え、それに耐えながらもなんとかしようと決意している姿のようにも見えたからでしょうか。
 また面白かったのは、踊り手がもがいているかのように動いている時に、時折流される歌との対比。明るく楽しげに乙女の恋心を歌い上げる歌。まるでどんなに夢を抱いたって、この桎梏の空間からは逃れられないんだよとでも言いたげな雰囲気を醸し出していました。
 ただ踊りがどこで終わるのかがよくわからないのが違和感を感じました。今までの踊りには起承転結があったように思うのですが。いや、もしかしたら起承転結のような物語性はダンスには不用とでもいう考えに基づいていたのでしょうか。また踊りの性質上、狭い空間に閉じ込められた苦しみは、決して終わることはない、というメッセージだったのでしょうか。
 そういえばこのダンスは、今までの踊りと異なって、観客の前で踊り手がちゃぶ台空間に乗るところから始まり、目の前で降りる所で終わった。
 これはちゃぶ台空間=家族という既成の空間のありかたに囚われているからこそ苦しみは続くのだと言うメッセージだったのでしょうか。
 結構重くかついろんなことを考えさせられた舞台だったと思います。(コアラさん)

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